
傘餅、四十九日餅とも言うらしい。
25日は父の四十九日の法要でした。
お坊さんにできれば用意しといてくださいといわれて和菓子さんに頼んだもの。
いくつかの丸い小餅のうえに(49個?)平べったい大きな円形の餅を傘のように
乗せている。私ははじめて見た。
そのべったっとしたお餅をお坊さんが人型に切って下さる。
傘を被って杖を持ち・・・旅装束をした姿。
その人型に切ったものから自分の具合の箇所をお下がりとしていただくと
その部分が治るらしい。旅立つ人があの世に悪いところを
持っていってくださるのだそうだ。
父はお医者さまにもう危ないと言われて6日もった。
私たちも父の死を覚悟するには十分すぎる時間だった。
それでも父の死は突然に訪れた。
・・・命というものはなんて突然に行ってしまうのだろう。
長く患っていた父でさえ命の終わる時は本当に突然だった。
信じられないぐらいに突然に。
お通夜から始まる数々の行事。お葬式、初七日、二七日、・・・・
そうやった儀式を通じて多分私たちは理不尽な
命が終わると言うことを認めていくのだろう。
儀式はなにも旅立った人のためにやっているのではない。
残された私たちのためにやっているのだ。
私たちが
行ってしまったということを受けいれることが出来るように。
何時かは自分自身にも必ず訪れるものだから。